
バイブルのように愛読している本があります。
登山家で山岳ガイドの山田哲哉さんが、少年時代に山の魅力に魅き込まれて、学校が休みになるたびに奥多摩を訪れたときの様子が描かれています
還暦を過ぎた私が、山田少年に強く共鳴したり感動しながら読み進めるのは、山歩きが世代を超えて人の心を魅了するのだと実感しています。
訪れたことのない山や谷、もう私には辿り着けない場所もたくさんあります。
山田さんの文章から〜時々地図を眺めながら〜想像するしかできませんが、山の標識を見ては「こっちに行くとどうなっているのだろう?」という好奇心をそそられる、あのワクワク感を本を読みながら楽しんでいます。
そして、私の力量でも歩けそうなところを見つけ出しては、そこから見える景色を楽しみに出かけています。有名な山とか征服欲にはあまり関心がなく、ただただ風景への憧れが私を突き動かします。
なんとその著者、山田さんが主催する講習会があるのをみつけました。50歳以下を対象としたアルピニスト養成講座と、年齢不問の山歩き講座。雲の上の人のはずの山田さんと一緒に山を歩ける!胸が震える思いで後者に参加しました。
「初心者でも大歓迎」山田さんほどの人が?と驚きましたが、あの本に書かれた通り、山を愛して山にハマってしまった人が集まって来ます。
百名山でもなく、コースタイムにこだわるわけでもなく、尾根と谷の魅力を楽しむ講習会。
同じ山を別のルートで歩いてみたり、違う季節の魅力を教わったり…私の関心にぴったりです!
今回は、東京都と埼玉県を分ける都県境尾根「長沢背稜」を少しだけ歩いて来ました。
こちらの山々の縦走は距離が長いこと、アクセスが悪いこと、山小屋がなくテント泊または避難小屋泊をしなければならないことなどから、私には実現不可能な未踏の地。
そうなればなるほど憧れが強くなります。
長沢背稜のうちのひとつ「天目山」(三ツドッケ)に東日原から往復する山田さんの講習です。
これに参加することで、憧れの長沢背稜のほんの一部を歩くことができるので、迷わず参加申し込み!実はあとから2日後に本番が入りましたが、またとないチャンスを逃すつもりはありません。
登山口から地味に急登が続きます。奥多摩らしいスギの林の中をジグザグに登っていきます。樹林帯に雪はほとんどありません。
ヨコスズ尾根に乗ると、今度は片側が切れ落ちた斜面をひたすらトラバースしていきます。落ち葉や残雪で滑らないように気をつけて。
何せ明後日は本番、絶対に怪我してはならない!いや、本番がなくても、ですが。
山田さんが「スワミベルト持ってますか?なければ貸しましょう」とシンプルなベルトを貸してくださいました。お腹に巻いて待っているとロープが出て来て「これを通しますね」と前後の人とロープで繋がれました。
「え?そんなに危険なところ?」と不安に思っていたら「この先ちょっと嫌なところとあるんです。下に岩がぱっくり口開けていて、もし落ちたら生きて帰れない。万が一に備えます」
そ、そ、そんな?確かに「滑落事故発生」の看板が…!
歩くところは細いだけで特に高度感もないのですが、確かに片側は深い谷、落ちたらどこまでも転がっていくだろう…
私の前後を歩いていた若い健脚者は慣れた手つきでロープを通してくれました。初めてのことに混乱する私は「ロープは手に持ちますか?」「体のどちら側に?」などよく考えればわかりそうなことも質問してしまいました。
無事に通過、滝入ノ峰まで来ると遠くに長沢背稜の山並みが見え胸が踊りましたが、雪が舞い始めました。
遠く大岳山のあたりにかかっていた雪雲がこちらに接近して来たようです。
なんとか一杯水避難小屋に到着しました。
長沢背稜を縦走する登山者が泊まったり休憩をする避難小屋です。

中はとてもきれいでトイレも使えました。
どなたが管理、掃除してくださっているのでしょう?感謝の気持ちでいっぱいになります。
ここから天目山まではすぐ!のはずですが、雪が残っていて歩きづらい。
私の前を健脚さんが力強く歩いて踏み跡をつけてくださいます。そのあとをヨタヨタとついて行きますが、雪が深くて思いの外登りにくい。
着いた〜と思ったら前峰、そう天目山の別名三ツドッケとは「三つのとんがった峰」という意味で、てっぺんが三つあるのです。
降りて登ってを繰り返し、やっと登頂。
天目山、登頂。1,576m
のしかかるグレーの雪雲の隙間に山々が見えます。
尊敬する山田さんが「あれが酉谷山…」と山座同定してくださるのを聞いて、なんて幸せなんだろうと感動していました。
お昼休憩も、山ご飯も、絶景もありません。
雪が降り出して、レインを上下着て、立ったまま少しだけパンをかじって白湯を飲んで、もう出発。それでも嬉しくて仕方がない!
ここは長沢背稜。
やっと、やっと来られた喜びで、私は寒さも忘れて静かな山頂に佇んでいました。

下山は来た道を戻るピストンです。
雪が積もり始めて滑るリスクが増しますから、さらに慎重に…
でも山田さん、下りは速い!まるで忍者みたい!
「ゆっくりでいいですよ〜」と言いながらどんどん行ってしまう。

ヨチヨチ歩く私に不機嫌になることもなく振り返ってはニコニコ待っていてくださる。
ありがたいなぁ。ご迷惑だろうなぁ。
今日は私たちグループ以外、ひとりも人に会いませんでした。静かな、静かな、山歩き。
長沢背稜を歩きたいと言ったら、山の大先輩に「ずいぶん地味なところが好きなのね」と不思議がられましたが、やはりあまりみんな来ないのかな?山田さんにお聞きしたら「そうね、みんな川苔山行っちゃうからね、でも静かでいいじゃない」と。本当に!

樹林帯からは山田さんのおすすめで別ルートを降りて、あっという間に日原の集落に着きました。人が住んでいるはずなのに、誰にも会いません。奥多摩の山の間の集落も過疎化が進み、廃校になった小学校の校庭を通る時、なんとも言えない切なさがありました。

時代の流れ、変遷…山田さんの本にもあるように、奥多摩を取り巻く環境もどんどん変わって来ています。便利でありがたい分、私たちは大切に何かを失い続けています。
下山したら雪は止んでいましたが、中央線はこの夜から降雪による運転見合わせを予定しており、急いで帰途につきました。
そして予報があたって翌朝は松戸の自宅の窓からも貴重な雪景色を見ることになりました…。
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